カールセンの言動から見えるチェス界の特異性

日本チェス界の技量向上が絶望的である事は、これまでにも述べて来ましたが、今回は昨年9月のカールセン連勝記録ストップを取り上げたいと思います。同時に、世界から全く相手にされない日本チェス界の今後について所見を述べたいと思います。

シンクフィールド・カップで、カールセンがニーマンに敗れて不正を主張した訳ですが、実に見苦しいと思います。不正証拠も無いのに一方的に相手を非難する態度は、トランプ(米国元大統領)と同類であり、傲慢の誹りを免れません。
カールセンに対しては、風貌からして「生意気な悪ガキ」と言う印象を持っていましたが、予想通りに馬脚を現わしたと言うべきです。

「緊張感が無く完全集中していないのに、一握りのプレイヤーしか出来ないような方法で負かされた」という主張に説得力は有りません。白番で一方的に敗れた事で、プライドが傷つけられて理性を失ったのかも知れませんが、ポーンの駒損を挽回出来ず、徒に投了場面を延期させた無様な敗戦でした。レイティングが2900近くという常識外の状況が続いて来た事も、他の一流選手を侮辱する傲慢な姿勢に陥った原因だと思います。

余談ですが、ニーマンが黒番でカールセンに勝利した今回の対局を見て思い出したのが、カルポフ対カスパロフの世界戦です。1985年の第16局と第24局において、共に黒番でカスパロフが勝利した棋譜は実に素晴らしいと思っています。

さて、ネット普及の現代では、確かにオンライン対局での不正防止は不可能です。また、AIチェスの進歩も、一流チェス選手を混乱させているのかも知れません。カールセンがAIチェスと公開対局しないのも、レイティングが3000以上のAIチェスに勝てる可能性は全く無いので、プライドが許さないのでしょう。

カスパロフIBMのAIチェスと果敢に対局して敗れましたが、その姿勢は高く評価出来ます。また2000年のクラムニクとの世界戦で敗北しましたが、次世代への交代時期だったと素直に認めたのも好感が持てます。それだけにカールセンの往生際の悪さが際立ちますね。

カールセンは、ニーマンが異常な進歩を見せていたと疑念を持ったそうですが、AIチェスを使用して脅威的技量向上していたのだとしたら、自身もAIチェスによる技量向上に努めるべきであり、何とも度量が狭いですね。次世代の成長を祝福出来ず、永久に第一人者でないと気が済まないのでしょう。

不正行為だけでニーマンが技量向上して来たのならば、何れニーマンも馬脚を現わすでしょうし、堂々と返り討ちにして自分の技量を証明すべきです。ナイジェル・ショートが、「不正証拠が無いので、不正行為があったとの主張には懐疑的だ」と述べたのは当然だと思います。

このようなチェス界の騒動は、以前から勃発していますが、日本人には理解し難い外国人独特の気質も有ると思いますので、個人的感想を述べます。
権力者、組織に対しては極めて従順なのが日本人の特質であり、日本棋院日本将棋連盟にも問題だらけですが、基本的にトップ棋士が組織に反旗を翻す大騒動は先ず有り得ません。

しかし、外国人はトップ選手が管理組織に意見を主張する事は、日常茶飯事であり、唯々諾々と従う事は有りません。ただ、チェスが他のスポーツと大きく異なるのは、僅か1名でも管理組織全体を揺るがす大騒動になる事があり、陸上競技、野球、サッカー等では起こり得ません。それだけ、チェス管理組織の立場がトップ選手よりも弱く、特に世界戦などの興業収入に依存しているからかも知れません。
最終的に失敗しましたが、カスパロフがFIDEに反旗を翻してPCAを設立した事件も、チェス界の特異体質を象徴していると思います。

先ず、1975年の世界戦でのフィッシャーの対戦拒否事件を例に上げます。確かにフィッシャーはチェス史上に残る超一流棋士ですが、カルポフに勝てる自信が全く無かった為に、対戦拒否した事は明白だと思います。対局数など次々とクレームを入れたのは口実でしかありません。状況は異なりますが、カールセンの敗北後の発言も、フィッシャーのクレームも本質的には同類だと思います。

次にグランドマスター(以下GMと略記)の人数が異常に増加しているのも、チェス管理組織の虚弱体質を象徴していると思います。
現在は世界に1000人以上のGMが存在すると知って呆れてしまいました。以前にナイジェル・ショートがGMの急激な増加を批判したのも当然です。チェスのオープニングを意味も理解せず丸暗記するだけのGMが増えているそうで、GMの権威も地に落ちたとしか言えません。

GM認定基準の一つにレイティング2500以上と言うのがあるそうですが、インフレ状況にあるレイティング制度を考慮すれば、あまりにも低過ぎると思います。GM認定基準を緩慢にして、チェス界の発展を目論んでいるのでしょうが、ゲームの品質を落とすのでは本末転倒です。

2800を超えるカールセンは別格としても、超一流とされる2700を基準にGM認定を考えるべきでしょう。最も単純なGM認定基準は世界100位以内に入る事でしょうが、第100位でも2650前後のレイティングであり、GMを100人程度にするのが最も妥当です。男子100メートル競走で10秒以下で走れない選手は、とても一流選手とは言えないのと全く同じです。

さて日本チェス選手についてですが、日本人トップでさえ僅か(!)2400前後と言う有様では、世界から全く相手にされないのも当然です。僅か4回対局して2ポイント差がつくのがレイティング差200ですから、超一流の2700とは300も差異がある訳で、絶望的としか言えません。

そもそも日本チェス界の本質が「厨二病」にある事は、多くの日本チェス界自身の良識ある方々が明言しています。「俺はチェスを知っている、恰好良いだろう」と言うのは、程度の差こそあれ日本チェス界に共通しています。
ロシア語を修得して、ロシアのチェス選手養成機関に飛び込む覚悟なんか、日本チェス界には全く有りませんん。日本人だけで同好会、趣味、道楽のようにしかチェスに関与出来ない状況では、日本人のGMが誕生する事は永遠に無いでしょう。